作歌・作曲 登野城里喜、八重山民謡「いやり節」と粟国島との関わり-

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今回掲載文は「八重山民謡誌」からの抜粋です。


→1746年「登野城里喜」は、大山在番の指揮を仰ぎつつ、松の造林を焼き払った。翌年大山在番が死去し、かわって赴任して来た牧志在番は、政敵等は、事情に精通しない牧志新在番はこれを、水源を断ちひいては人頭税の納税に一大支障を来すおそれがあると言う理由で、首里王府に報告したのである。
ここに八重山における空前の大疑獄事件となり、諸役人に至るまでその傍杖を食った。「登野城里喜」もその一人で1748年に粟国島へ終身流刑を命じられたが、その翌年事件の真相が判明したので、久米島へ減刑され、配所の月を眺めること12年目の1759年12月赦免され翌年無事に帰省したのである。いやり」とは伝言の事である。

無実の罪を訴え続けこの天地に、神・仏はいないだろうか、雲よ、風よ、遠い故里八重山の父母兄弟に、冤罪である事を告げてくれ頼む。

このような悲観と煩悶の中にわきくる涙は袖の乾く間もなく、その焦がれる胸中の炎は抑え難く遂に張り裂けてしまい「詠嘆誌」となり「いやり節」という名曲で歌い継がれているのである。


−「いやり節」は八重山民謡の中でも有名で市販の八重山民謡CDにも収録されていますので、是非聴いてみてください。
 

いまの粟国村 平成26年11月30日現在

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